例えば、上で例に挙げた「フェルマー予想」の場合、「楕円曲線」 という200年以上も前から研究され続けてきた「多様体」が問題の 解決に有効かもしれないとFreyによって気がつかれるまで、フェルマー によって問題が与えられて以来330年間、いくたの天才や秀才の 挑戦を退け続けてきたのです。そして「解決に有効かもしれない」 というその確信が整数論の専門家の共通認識になるやいなや、20年ほどで Ribet、Wiles、Taylorらの手を経て、あれよあれよといううちに 解決への道をたどってしまったわけです。
同様にどの分野でも、このようにして最初の困難が乗り越えら れると、途端にその分野で大革命の嵐が吹き荒れるてきたわけです。 ここで述べた 「最初の一歩が非常に難しい」 という点はこれからの 応用を考える時にも心せねばならないことだといえるでしょう。
またその突破口を開くには、その分野に特有の優れた勘と知識を持ち、 しかも「多様体論」や「コホモロジー論」にも精通した希有な人材が 必要とされてきました。同様のことはこれからも続くと思われます。 これらの理論と技術を応用して、その分野において革新的なことが起 こることを願うならば、その分野における知識のみならず、これらの 「多様体論」や「コホモロジー論」にも精通した人材を育成しておく べきでしょう。そしてその中から特に革命の端緒を見出しうる人物が 現れるのを待つわけです。
また非常に警戒すべきこととして、そういった革命が起きはじめてか ら、いざ準備をしようと思っても、その技術を本格的に習得するには 比較的時間がかかり、その間にほとんど大部分のおいしい部分(多分 工業的には「特許技術」など)は、開拓者たちに持っていかれるという 点があります。もちろん、その革命が起きるまでは当人たちも、まった く成功の当てがないわけですから、まさに(スーパー) ハイリスク 、 (スーパー) ハイリターン の典型と言えるかもしれません。そしてまた ローリスク には ノーリターン の理論と技術でもあるのです。
なお、もうひとつの注意として、こういった革命が起きる直前の段階に おいて、かなり十分に局所的な部分については研究が進んでいる必要が あることを知っておいてください。局所の状況が皆目五里霧中では突破口 を開きようがないのです。逆にいえば、局所的なことはかなり解明されて きたが、有機的に組まれた構造物全体の研究が甚だしく困難という場合 には、その背後にまだ日の目をあびていない「多様体」の類似物があり、 これらの理論と技術が応用される日を待ち望んでいるという可能性が 非常に高いわけです。