研究活性化を目指した新システムの提言


−「任期制」を超えて−


「兵庫県科学技術政策大綱の見直しについての中間提言」 (以下「中間提言」と略記)と、それに付随する3つの質問事項 について、現場側(姫工大)のひとりとして現状報告および新しい 提案をいくつか含めて意見申し上げます。

反対のための反論その他はしていないつもりです。かなりの長文 となっていますが、大学をよりよくするために真摯に考えた結果 と了解ください。

本来はここで求められている3つの質問に答えるのにふさわしい方 がおられると思うのですが、とりあえず私が答えることにします。 ただこの意見書は個人的な形ではありますが、他の大学の先生と の意見交換でも、あまり極端な意見の相違にはいたっていないので、 わりとまともな意見ではないかと自負しております。(出展が今み つからないのですが「基礎科学」についての意見ではノーベル賞 受賞者の(故)福井先生も似た意見をお持ちであったと記憶して います....多分出展は1996年前後のNHKの特集番組だったと思います)

ついでによい参考書がありますので、挙げておきます。姫路工業 大学の英語の略称がHITであることからも、そのよい部分については おおいに参考とすべきでしょう。特に第五章が科学と技術の関係を 再認識させてくれるので非常にタメになります。ただしこの本の和訳 にはちょっと難点があります。

「マサチューセッツ工科大学 MIT」フレッド=ハプグッド著
鶴岡雄二訳 新潮社 ISBN4-10-531501-3 C0098 P1700E \1700


[A]共通認識すべき事項の確認

まず以下の3つの質問:

[1]新たな時代における研究主体としての大学・公設 試験研究機関のあり方

[2]科学技術人材の育成に係る科学・理科教育のあり方

[3]地域社会と情報技術の関わり合いについて

に答える前に、他の追随を許さないような「独創的な技術」が どこから、どのようにして生まれてくるかについて深刻な誤解が あるような気がするので、それについて確認しておきます。 このあたり、西欧追随のキャッチアップ思考による観点が 尾をひいているようですので。実際にこの誤解が元となった ひとつの実例についても、この[A]節の最後に述べておきます。

まず、「基礎科学」についてですが、受験勉強の類推からなの か「基礎科学」と「応用科学」では「応用」のつく方が「難しく」、 「高等」であると誤解されている方がいるようなのですが、それは 完全な誤りです。もちろん両者の優劣をここで論じるつもりは ありませんし、両者ともに非常に重要な存在です。ただし、 こと「独創的な技術」については「基礎科学」と呼ばれるものの 存在が非常に重要であることは良識ある者なら誰しもが認めること だと思ます。ところが最近調査してみて驚いたのですが、 どうも産業界では「基礎科学」というものは年内に製 品化に結びつくものではないけれど数年もしくは10年程度でなら、 なんとか製品化に漕ぎ着ける内容を研究する分野だという認識が あるようです。

しかしながら、我々科学者や西欧の常識でいう「基礎科学」 という場合、それはまったく間違いであって、その程度の年限で 製品化が実現される研究分野 は「応用科学」と呼ばれ「基礎科学」とはいわないのです。また そのような分野から出てくる研究結果はたしかに当面の役に立つ ものではあるけれど、本当に「独創的な技術」が出現してきた場合 にはすべて容易に凌駕されてしまう程度のものなのです。これは 日本が近代化してから100年程度しか経ていないために真に「独創 的な技術」が持つ恐ろしさを歴史的に体験したことがない故の無知 から生じる誤解であると思われます。

では自然科学のうち分野的にどのようなものがその基礎科学に含ま れるかですが、通常、数学と物理学がまず必要不可欠のものとして 含まれています。このあたりについても西欧では常識中の常識なの ですが、日本ではどうも共通認識事項ではないようなので確認して おきたいと思います。

こういうと、あるいは意外に思われるかもしれませんが、例えば 現在脚光を浴びている情報産業もそのルーツは100年近く前に すでにできあがっていたバベジの理論やその後に整備されたチューリングの 数学的理論に基礎をおくわけで、それがこれまで実現に時間がかかっ たのも単にそれを支える機械的な技術がなかったからに過ぎないのです。 もちろん数学的にはそういった理論も含めてすでにその先100年分の 進化をしてますから、次の100年以内におきそうな「独創的な技術」の芽 はすでに着々と準備されつつあるわけです。

普通の人々には何に利用できるかわからない小難しい役に立た ないことをやっていると思われがちな、こういった数学や物理です が、実際には研究者当人でさえ当初どんな役に立つか分けがわから ないような理論「だからこそ」意外な方面に応用された場合に非常に 劇的な効果をもたらすわけです。応用可能な方面が当初から見える ような理論は一般に大した効果をもたらさないことも歴史が証明し ています。

他にも例えば最近暗号理論などで脚光を浴びつつある「楕円曲線」 にしても、短く見積もっても150年以上前に「純粋数学」 の中から出てきた理論ですし、これとて最初は情報産業などを まったく想定せずに生まれてきた理論です。実際、今回の暗号理論 への応用なども、最も応用とは縁が遠いはずの整数論がこの理論を 鍛えあげてきたことが大きい要因になっています。

それ以外にも例を挙げればきりがないのですが、現代科学技術で、真に 革命的なものの根は、それよりはるか以前に根があることを理解し て欲しいのです。

ではこれらの分野で芽が出てから、現実に技術として実現される まで平均何年かかるか?という問題ですが、以上のような観点か ら、萌芽から応用の実現までに必要な時間は、少なくても数学で は100年、物理では30年以上を目安に考えるべきでしょう。で、 こういうと「そんな悠長なことをいってられるか」という反応が 予想されますが、こちらの答えはいたって簡単で現在、技術とし てまだ利用されていないような、例えば「純粋数学」の理論のう ちで、少なくとも数学内で大成功を収めた理論については、応用を 目指す工学系の学生はぜひ学ぶべきだということです。もちろん 教える我々にも何に応用できるかさっぱり検討が着かないのですが 歴史の教えるところによれば、多分かならずどこかで劇的な応用 をもたらすはずです。

ただこれを日本でしようとしても大概の場合、工学系の先生からは 数学は19世紀までの分で十分という声が出て拒否される場合が多い ので、そのあたり応用科学の方が意識を変えてもらわないとどうに もなりません。これはもちろんすぐに役に立つかどうかわからない 理論を勉強しても業績に結びつくかどうかわからないからという 心理が働いているわけです。またもちろん、我々基礎科学に携わる 者も、出来上がった理論を非専門家向けに、さらに理解しやすいもの に整理しなおす必要があるのですが、このあたりも業績評価の対象 にはならないということで、第一線の研究者はあまり関わりたがら ないようです。だからこういった点でも基礎科学と応用科学の 両面で業績評価のあり方を変えるべきだと思います。

ここでそういった応用の可能性の非常に高い具体例としては「コホ モロジー論」を挙げておきましょう。これは少なくても、工学の 学生のうち選りすぐりの者達には教えておくべきだと個人的には 思います。(このあたりの詳しい事情についての解説は 私のHome Pageの 21世紀の新技術と現代数学 を参照してください。 そこではこれらの脳科学や情報科学への革命的応用の可能性が論じ られています)

上述の100年とか30年とかいった長い年月の必要性については西欧、 特にヨーロッパでは常識に近いものであるし、一般市民もそういった 目で数学や物理学を含む自然科学を大事にしていると思います。 (例えばドイツでは数学者ガウスを紙幣の肖像に採用しているくら いです。一方、ニュートンにも劣らない日本の江戸時代の数学者 関孝和を知る日本人は少ないというのが現実でしょう)もちろん 最近では、時間に追われて、基礎科学を排除して利益のみを優先し ようとする考えも出てきていますが、それは農業で、種もみを食料 に回す行為に等しいことが上で述べたことからもわかると思います。 科学技術の問題は環境問題と同じように遠い将来まで見越して準備 しなければならないのです。

このあたり、「災害対策」と「科学技術政策」に相通ずる点がある こともしっかり認識していただきたいと思います。つまり100年 に一度の災害への対策にある程度の投資が必要であると同様に、基礎 科学への投資も、例え100年に一度のものを対象としたものであれ 絶対に減らしてはならないということです。このあたり、日本という 国全体の姿勢として近年薄れつつあるだけに、震災の苦い経験者である 兵庫県には同様の轍を二度と踏んで欲しくありません。こと基礎科学 に関しては数年での「奇跡的復興」は有り得ませんから。

この節の最後に補足として情報産業でおきた教訓をあげておきたいと 思います。現在情報産業の根幹である、CPUとOSいずれもアメリカに 握られています。これは果たして、アメリカに先進的な研究があった からでしょうか?有名な話ですが、いずれも日本が主導権を握るチャン スはあったのです。原因は企業や日本の政府機関が「すぐにもう からない」とかあるいは将来の見通しなく安易に外圧に負けてそう いった技術の育成を途中で放り出したことにあるのです。ここにも 産業界や行政機関の科学技術への理解不足といったものを感じずには おれません。


[補足]1998年1月20日毎日新聞朝刊3面ノーベル生化学賞受賞者 コーンバーグ博士(Aの部分)のインタビュー記事から

Q.20世紀の技術革新の一つに生物の遺伝子を操作する遺伝 子工学があります。博士が育てたスタンフォード大生化学教室 が、その技術の大半を生み出したそうですね。

A. 当時、将来の遺伝子工学を頭に描いて研究をしていたのでは ない。生体内の化学を理解したくて、実用価値とは無関係に、 酵素(触媒作用を持つたんぱく質)の基礎研究をしていた。バ クテリア相手のこうした研究から、組み換えDNA技術が生まれた。 遺伝子工学は新しい産業を興し、医学を進歩させ、農業を変えよう としている。 我々が想像もしなかったことだ。 「必要は発明の母」といわれるが、科学の歴史は、逆に発明や発見 から新しい利用法が生まれることを教えている。

Q.20世紀の自然科学、とりわけ生物学の発展をどう見ますか。

A.今世紀の生物学は「ハンター(狩人)の持代」だった。世紀 初頭は細菌学者に代表される微生物ハンターが主流だったが、 次第にビタミンハンターに取って代わられた。1940年代、50年代 に入ると、酵素ハンターが主舞台に躍り出て、ここ20年間は 「生体の設計図」の遺伝子を見つける遺伝子ハンターの黄金時代だ。 これからは、脳の機能を解明する神経生物学者や神経化学者が脚光 を浴びるだろう。いわゆる「ヘッドハンター」の時代だ。

(注by遊佐)NHKの解説などによれば、現在、生命科学の基本的な 特許はすべて米国に握られていて、もはや日本が入り込む余地は ないといわれている。独創的な技術は他国で出てきた時期をねらっ て初めてもすでに時期遅れなのである。


[B]3つの質問事項について

以下では、上で述べた共通認識に立って、3つの質問に対して 答えますが、返答の順番は話の都合上変更してあります。

[B-1]「科学技術人材の育成に係る科学・理科教育のあり方」

[B-1-1]根本的な問題点

まず、問題点をはっきりさせたいのですが、「若い人の科学技術 ばなれ」が問題なのではなく「若い人達にとって、職業として科学 技術者になることは、もはや夢でもなんでもない」ということが 本当の大問題なのです。(最近のある調査では子ども達の「将来 めざす職業」の上位5位以内にも「科学者」は入っていないそう です。)つまり学問や知識以前に職業に対して興味を失っている のです。多分両親の社会観が大きく影響を及ぼしているのだと思 います。

何故でしょうか?答えは簡単です。どんなに科学者として優秀で あっても医者や弁護士といった人々の生活水準にははるかに劣る し、会社や官庁でも科学技術者は文系の一般型の人々に支配され るだけの隷属的な地位しか得られず、しかも世間では根暗の変人 といったマイナスイメージしかないだけのみじめな職業だから なのです。最近では「任期制」などといったパートタイム以下の 扱いまで出現しているからなおさらのことでしょう(これは現実 にある若い研究者から聞いたセリフです)。時には「科学技術者」 などという変態は異性には縁がなかろうという陰口まで出てくる 始末です(これはある科学者の結婚披露宴で祝辞の中で述べられた セリフです)。

この問題を解決するために、まず為政者からして、その「科学 技術者」に対するイメージを変えて欲しいのです。つまり為政者 が「科学技術者」を奴隷なみにこきつかってもかまわない「使い 捨て可能な資源」とみている限り、教育制度の改革などといった 小手先の変革では決して、若い人の関心を科学に引き付けること は不可能だということです。一般の人の意識の中で科学者の 社会的地位や評価が低いことをよく表した例としては昨年NHKで 放送していた話があります。世界の数学オリンピックで優秀な成績 を納めた高校生に対して高校の進学担当の教師が、「君は数学が できるから、医学部へ進んではどうだろう?」というシーンがあっ たのです。これを見て私は「科学者をめざせ」というならわかるが、 「医者を目指せ」とは何事か!!と憤懣極まり爆発していたので すが、しばらくしてこの日本の現実を思い返してみると その教師の言い分も理解できてしまい哀しく涙が出てきたのを 昨日のように思い出します。

だから、まず何よりも先に「科学技術者」の社会的待遇を改善し、 その成果が出た時点で社会的にもその改善の結果をおおいに宣伝 すべきなのです。例えば野球でも選手の年棒がコレコレと新聞に 出たりしますが、同じように抜群の業績を挙げた科学者に対しては、 この科学者はこれだけの成果を挙げたから年棒コレコレ...という ように公表するぐらいのことをしてもいいと思うのです。

それでは社会的待遇を改善するには、具体的にどうするべきか? 「中間提言」の中でははっきり述べてないようですが、例えば 研究助成費についても、もし厳正かつ公正な外部評価を行うと いう前提であれば、使用品目などというツマラない制限をつけ ないで、給与の一部としてはどうでしょうか?もちろん優秀な 研究者は多方面から研究助成費を受け取ることになるかもしれ ませんが、審査経過その他を公開するのであれば、優秀な人物が 野球選手なみの高給を得ても何もおかしいことはないと思い ます。また本人もバカではないからいただいた研究補助費の うちどれくらいを生活費に回すべきか考えるでしょうから余計 な心配は無用だと思いますし。もし「中間提言」のごとく特許料 などだけを研究者に還元するとしても、それでは「応用科学」 のみに人材がシフトしてしまい、「基礎科学」とのバランスが 取れず、最終的には外国の真に「独創的な技術」の出現で根絶 やしにされる技術しか得られないことになってしまいますから。

[B-1-2]任期制に関する提案 ( 研究活性化を目指した新システム

それから、「任期制」についても提案したいのですが、日本の現状 からいって、民間会社を含めて元々流動性に欠けているですから、 例えば任期制を適用した研究分野が時流から外れたからといって、 そのポストを他に流用することを考えているのならば、当の 研究者にとっては、結果的に成果があがっても期限が切れて次の 職場がないという悲劇をもたらす可能性が高いわけです。これは はっきりいって上で述べた「科学ばなれ」をなくすどころの話では なく、むしろ「科学技術者」はプータロー(定職のなく、コンビニ などでのアルバイトだけで生計を立てている若者の蔑称)以下とい うレッテルを公明盛大につける行為にしかなりません。ただでさえ 大企業や公務員を目指す若者が大半を占める日本でそのレッテルが 如何に恐ろしいものかはいうまでもないでしょう。

それで提案なのですが、問題は時流に乗った研究分野に対して 人を集中的に投入して迅速に研究を進展させたいだけなのです から、任期制をポストに適用するという代わりに籍は前任地に 保留したままでそこから「出向」するという形式にしたほうがよい と思います。もちろん前任地との交渉で給与を全額負担でも 折半での負担でもいいとは思いますが。少なくともそういった 研究者本人による職場の自由 選択の余地は絶対に残しておくべきです。もちろん「出向」する ことによって前任地より待遇がよくなるようにしておかないと よい人がとれないということは了解いただけると思います。

(補足)もし任期制だけで、時流に乗ったいい人を捕まえようと するとほとんど金銭面のみの条件で任期制をもつ他の機関と競争 することになります。それが如何に急激な金銭アップを必要とす るか?しかも、優秀な人材であればアメリカも同様の競争をしか けてきますから、へたをすればスポーツ選手同様に一人の研究者 に十数億円かの出費が必要ということにすぐなってしまいます。

もしかすると大学院を出たての若者ならこういったポストに 最適だとと思われるかもしれませんが、大学院を出て3年ほど 任期制のポストについてしまうと30才を超えてしまい、 日本の就職事情からいって、よほど幸運でない限り通常の民間 会社への就職はできませんから、意図するしないに関わらず 家庭をもちながら失業した科学技術者を大量に作ることになり、 結果的には「プータロー以下」というレッテルを科学技術者に 貼りつけることになってしまいます。だから、もどる当ての ないようなシステムは絶対に作ってはなりません。

あるいは、任期制のポストを大量に作っておいて必要に応じて 別の任期制のポストに着くようにすればいいではないかという 案もありますが、考えてみてください、勤続の可能性のない人 間は、例えば住宅ローンを組めるでしょうか?絶対に無理でし ょう。アメリカならば数年のローンで家が買えますが日本では 絶対に不可能です。家すら持てない職業に若者はつきたがるで しょうか?

そういう点を考慮してと「任期制」ではなく、以下に詳しく 述べるような「組織的出向」を前提としたシステムを作るほう を提案します。

ここで上で述べた 「組織的出向型システム」 について詳しく説明 しておきたいと思います。 これまで、大学の教官数は研究と教育の両方を担当すると いう任務があるにもかかわらず、教官定員は学生数に応じ て決められてきました。これは少しおかしいと思われませ んか?「研究は如何にも教育の付録ですよ。」としかとれ ないのではないでしょうか?さて「幸運な」ことに学生数 は今後減少していきます。ここで、教官の余剰定員を減ら すという議論が出てきますが、これはあまりにも先見の明 がないと思います。我々はここでこれを生かす提案も同時 にしたいのです。一番の理想は文部省の了解も得て、全国 規模でこのシステムを構築することですが、例え不可能で もいくつかの近畿圏内の公立大学で協定を結べば、その 雛形が作れますし、評判がよければ順次協定を結ぶ研究所 などを増やしてシステムを拡大していくこともできます。 トータルの経費は多分任期制を直接行うより安く、そして 効果はそれ以上のものを挙げることができると思います。 話を簡単にするために、学生数が10から6に減ったとします。 そこで、各協定大学で学生の入学定員をまず10から6に減らし ます。こうすることにより実質的な入試の効力を維持します。 次に教官総数をその分減らさずに、議論を簡単にするのため ここでは教官の定員を10そのままにしたとしておきます。大事 なことは教官数をとにかく6よりも多く保つことです。この 例では教官数が4余ることになります。さて教官のポスト10を 次の3種類に分割します。まず一つ目はこれまでと同様の教官 のポストで丁度学生定員に見合っただけの分つまり6だけ用意 します。それ以外に教育に縛られずにどこへでも自由に出向 可能な「特権的」ポストを3と、他の大学からの出向を受け入 れることができる好待遇のポストを1というように3種類を 作るわけです。この3番めのポストが「任期制」の目指して いると同様の効果をもたらします。これを行うことで上で 述べた「任期制」のもたらす深刻な副作用をさけられるだけ でなくいろいろなメリットをもたらします。まずひとつは、 「任期制」を採用されれば、将来自分の地位も危ういという ことで任期制ポスト以外の教官までもが浮き足立ち、ただで さえ手抜きをしがちな講義が完全に有名無実のものになるの を避けることもできます。またアメリカの若いポスドク用の 任期制ポストでは期限が3年の場合、最後の1年は研究より、 次のポストを求めるための何十通もの履歴書作りなどで費や されてしまうという状況なのだそうですが、ここでもそうい った経費の実質的なロスも避けることができます。しかも 出向可能な「特権的」ポストはそれだけでも授業という義務 から解放されて研究に専念できるポストですから、研究者に は願ってもないポストなわけで、それを目指してがぜん研究 にやる気のでてくる研究者もでてくるでしょう。なお民間と の交流を考えるなら、類似のシステムを民間会社のほうでも 作っておきます。もちろん、出向可能なポストは教育という 義務からも自由になり研究に専心できる特権的ポストでも あるわけですから、それこそ公正かつ厳正な外部評価なりを 行うことを皆が望むと思います。こうすれば、教育に縛られ ずに自由に研究に専心できる特権を目指した優秀な研究者が そのポストにつくことになり、出向してくる研究者も選り すぐりの中の選りすぐりですから、悲惨な現実をもたらさず に望みの流動性も得られ、しかもとびきりの優秀な人材も 得やすくなるでしょう。

[B-1-3]教育体制の問題点

次に、教育体制について述べます。理科における実験の問題 は私は完全に素人ですから避けますが、もうひとつ、事態が 深刻化している「数学」の教育、とりわけ論理的思考能力の 訓練不足について述べます。

まずこういった論理的思考のできないことが、科学技術を習得して 行く上で如何に問題を起こすか述べてみましょう。例えば、研究の 最中にAとBの2つの条件が、考えている現象Cにどれだけ影響を及ぼ すか調べる必要が出てきたとします。実験もしくは調査にあたって、 どれだけの場合を調べたらよいか。最近の学生の大多数の答えは、 Aがなりたち、しかもBもなりたつ場合とAが成り立たず、しかもBも 成り立たない場合の2つの場合だけを調べるというものです。しかし 実際には他にAが成り立ち、Bが成り立たない場合などを含めて計4つ の場合を調べる必要があるわけです。この考えている現象Cが「原子 炉の暴走」だったりするとこの考え落としは深刻な事態をもたらす のは明らかでしょう。実際、以前に原子炉の設計関係の若い研究技術 者があるシンポジウムで行なった研究発表で、その論理 構成があまりにもズサンなため、数学や物理の研究者 が一様に背筋を凍らせていたのが印象に残っています。

似た話はプログラミングでも起きます。つまり場合分けに考え落とし があるために、ちょっとした操作でソフトが暴走を起こしてしまう のです。如何に論理的な思考が大切か産業面から見てもわかると思い ます。

かつて、日本は数学教育では世界的にトップレベルにあったといわれ てました。しかし、現実には、高校で習う内容は以前の6割以下に 減り、教育改革の名のもとに授業時間が削られたため、中学1年の 数学の授業時間は先進国中で最低(諸外国の7割程度といわれてます)、 平均的学力も台湾、シンガポール韓国にはるかに及ばないところまで 来ています。他にも、例えば大学で、数学の専門のコースを持つもの の割合はアメリカで75%に対して日本ではわずかに10%という状態です。 こういったことが科学技術の水準に反映される実例として、例えば イスラエルとアメリカ、日本で人口あたりの理系大学の卒業者数を 比較してみると、日本を1としてイスラエル3.8でアメリカが2.7と いったところですが、これは国別のベンチャー企業の増大度と非常に 強い相関関係があります。

なお名誉のためにトップレベルの数学の専門家については幸いながら 日本はいまだに世界的水準にあることも述べておきましょう。これは 高木貞治以来の先人達のたゆまぬ努力があったからですが、これとて 今後については保証の限りでないことも事実なのです。現に大学院 レベルで深刻な人材不足に陥りつつあるのが現状です。

これでおわかりになると思いますが、「科学技術ばなれ」の第二の 問題点ですが、科学技術の基礎となる「数学」に対する教育があまり にもお粗末なのです。具体的にどんな点であるかというと、論理的 な思考をする訓練の部分がまるで手抜きになっているのです。特に 問題となるのは 「証明」の訓練不足 です。同様のことは著名な数学者 である小平邦彦教授もおっしゃっていたと思います。近年この助言を とりこんだかのように、図形の証明の章が高校の数学のオプションで 登場しましたが、現実には数学の他の分野を消化することに精一杯で どの高校でも図形の証明まで手がまわらないのが現状ですし、実はこの 年代になってから教育しても時期的にはすでに遅すぎるのです。やる べきは、中学の数学の時間を昭和40年頃のレベルまで増やし、 一年では「合同」、二年では「相似」、三年では「円」といった きちんとした段階的学習をすることなのです。そして、この場合、学生 に自由に 証明を書かせてその論理的な誤りを添削するという非常に困難な作業を 中学の数学担当教官が行う必要があります。ところがここでも問題は 深刻で、現在中学の先生で学生時代に「証明」の訓練を十分に受けてき た人があまりいないために、学生の答案を正しく添削できる教師すらも、 十分にはいないというのが現実なのです。特に、論理が通じていて正 しいけれど、 普通とは異なる論理の展開がなされている証明 すなわち独創性に満ち溢れた証明を「正しい」と正確に 理解、評価できる教師が足りないのです。このようにして、 本来は優れた可能性を持つ学生がいるにもかかわらず、現実には 独創性に欠ける理屈のわからない者の度合いが拡大生産され、 事態は益々深刻になっていくわけです。

こういった論理的思考ができない度合いがどれほどひどいか実例を あげましょう。ある一流と称されるの国立大学の「数学科」の4回生 の例です。a+bがゼロでない時aかbの少なくとも一方はゼロでないと いうことが長時間考えてもわからなかったそうです。多分現在40代 の理系の人なら数学が専門でなくとも、その命題の対偶である 「0+0=0」を考えて すぐに納得できる内容の命題だと思うのですが。しかもこれは決して 特殊な事例ではないのです。

以上からも、ぜひともこういった「証明」を教育せねばならない と感じるのですが、一番のネックになるのは「証明」を添削できる ような人材を中学の数学の教師の中からどうやって 多数育てるか?ですね。 これを行うにはぜひとも現在世界的な水準にある数学の専門家たちの 協力をあおぐより手はないのではないでしょうか?例えば中学の数学 教員をとりあえず選りすぐって2年間、数学の大学院生として内地 留学させて図形の証明に関する集中特訓を行うとか。ただし、これは 証明を効率よく行うというよりは、論理的思考の多様性を経験するこ とで、将来生徒がもたらす多様な「正しい証明」への順応力強化に 重点がおかれますので、教師本人の訓練としてもひとつの問題になる べく多くの証明をつけてみて添削指導を受けることが主となります から原則的にマンツーマンの指導が必要になります。従って、1年目 はマンツーマンで指導を受け、2年目はそれ以外に同様の後輩数人の 面倒を見るようにすれば効率もあがり、いいと思います。ほかに もうひとつ方法はあり、効果は先のものに比べて若干落ちますが より多数を相手にできるので後の節で別の話題といっしょに論じます。

[B-2]次に「地域社会と情報技術の関わり合いについて」

これについてはいろいろな切り口がありますが、地域への利益還元と 先の教育問題とのからみで述べるだけにとどめておきます。要望が あればほかの視点から答える用意もあります。

[B-2-1]イントラネットを利用した公開講座

まずぜひとも薦めたいのはイントラネット(Home Page とBBSの機能 を合体させたもの。その好例が HITEN「飛天」です)を利用した公開講座です。 これなら兵庫県内どこ でも受講時間にとらわれずにインターネット経由で受講できます。 すでに数年前から 全国に先駆けて姫路工業大学ではHITENなどにおいて 実験的に実践されていたの ですが、何故か無視に近い扱いを受け、新聞などでも他の機関が 先駆けのような報道がなされているのを見ると非常に歯がゆい気持ち がします。

ただ現実に公開講座を実験的に行っていて問題がないわけでありませ ん。例えば回線容量ですが、大学全体で、通常の一般家庭一戸分しか ないという現実です(1999年4月現在の注:この提案文が提出された後 1998年6月から回線容量が数倍に改善されました。ただしそれでもまだ 不足しているというのが現状です)。一体大学全体で何人利用者がいる かを考えればその貧弱極まりなさがわかるというものです。最低でも 1.5Mbps、特に公開講座を運営するマシンは別枠で5Mbps以上ないとひとつ ページを繰る度に描像だけで20分も30分もかかったりで、受講者の学習 意欲の喪失に繋がりかねません。このあたり公開目的のコンピュータ関連 には重点的な予算を配分する必要があると思います。 (1999年4月現在の注:この提案文が提出された後、 環境人間学部の新設や古いシステムの更新期限を過ぎたことにより 大学内向けのマシン環境についてはかなりの改善が行なわれました。 また1999年3月にはいくつかの偶然もあってHITENサーバーマシン の更新とシステムソフトウェアの更新が行われましたが、こちらは あいにくの予算不足のため同時利用人数制限を以前に 比べて減らさざるを得なくなり ました。)

公開講座の科目としては例えば数学では、大多数の中学教師向けの 「図形の証明問題」や応用科学者むけの教養講座「やさしいコホモ ロジー論」、情報関係では「実践C言語」などがあると思います。 ほかには産業関係者の要望のある内容を特別講師を(学内、学外 問わず)お願いして実践してもらうのも手でしょう。で特に学外 の方にお願いする場合、イントラネット用の文書作成などを補助 する情報技術に通じた事務員を秘書として派遣するような体制が 必要と思われます。

[B-2-2]情報処理の技能を持つ公務員の処遇について

ここでついでに補足したいのですが、例えば兵庫県での公務員の 昇進ルートについてこういった情報技術に関わる職員にも、他の 一般事務関係の事務員と不公平が生じないように平行した別の 昇進ルートを作ることを提言したいと思います。何故なら他の 一般事務以上にきつい勉強や努力が必要で、場合によっては徹夜 の残業続きとなるような職種が昇進もかなわないでは人材が 集まるわけがないからです。かといって一般事務と混ぜこぜに してしまうと技能がいつまでたっても伸びません。それと、大学 の事務関係者には特に情報処理能力に強い人材を多く回すように して欲しいということも述べておきたいと思います。これは、 事務員の方にその種の能力がないために結局特定の限られた教官 に多大なしわ寄せがいってしまったことがこれまで何度か 現実にあったからです。 情報化を推進するためにその中枢となるべき大学を側面から 支える体制の整備が重要だと思います。

[B-3]「新たな時代における研究主体としての大学・公設試験 研究機関のあり方」

[B-3-1]産学交流を進めるために

まず、利益の社会への還元という点ではおおいに賛成します。 しかし、最初に述べたように、産業界からの投資に対する数年以内 の期間限定での対投資利益「だけ」を問題にするという態度には 反対いたします。その理由は上で述べた通りですので繰り返し ません。

実際問題としては、上で述べた公開講座以外に「中間提言」でも 述べられている(秘密厳守での)民間との共同技術開発などがあると 思われます。ここでも迅速にことを進めるためにイントラネットを 活用すべきだと思います。すなわち、認可された者以外は入り込め ない形で電子会議室を作っておいてそこで準備段階の段取りを議論 するようにするのです。もちろん話が本題に入れば、実際に顔を 突き合わせて会議していただくのが一番だと思いますが、まだ 計画が雲をつかむような段階で、遠隔地の候補者同士が相談する には最良の手段だと思います。もちろん匿名のままで条件面のみ 話会うこともできます。

実際にこれを進める場合にはおよそ次のような段取りになる と思います。まず、おおまかに分野別に40-50代前半の顧問を (公募形式で人脈の広さなども含めた審査の上で)委託し、 事務補助として情報処理のできる事務員をつける。それに対して 共同研究を希望する企業はあらかじめイントラネットにアカウント を取得し(企業名はモデレータ以外はわからないような形にして おく)、最初はそのアカウントからのE-mailで、その希望の分野に 近い顧問に対して大学などの研究者の紹介をお願いする。この 時点では条件面以外は顧問にもどの企業が依頼しているのかわ からない。それから顧問への依頼に際してその企業単独での共同 開発を依頼するのか、それとも類似の研究を望む企業も捜しての 共同研究なのかをも明示しておく。ある程度まとまりそうになっ てきたらクローズドな電子会議室を新設してそこで細かい条件など について交渉してもらう。この場合も参加者に大学の研究者の 側に立つ法律や経済顧問を含めておくと便利だと思います。 それといずれの参加者にも秘密厳守などの前契約を交わしておく

[B-3-2]独立行政法人化の問題について

「独立行政法人化」の問題についてですがが、研究機関を潰す目的で 行うのでなければ、その研究機関の規模にもよりますが、かなり莫大 な基金(数千億円から数兆円規模)と、その基金への寄付を無税にす るという税制改革が必要になるといわれています。これを無しに実行 した場合、まっさきに採算がとれずに切り捨ての対象となるのは、 「独創的科学技術」を生み出す可能性が高い「基礎科学」の分野です。 従って、数兆円規模の基金と、その基金への寄付を無税にするという 税制改革を望まないのであれば「基礎科学」に近い分野は独立行政法人 の対象から除外するか、あるいはその種の分野における成果に限っては、 役に立つ、立たないに関係なく、すべて国なり地方なりで買い上げて いくしかないと思います。もちろん、「基礎科学」関連を一切切り捨 てて、他の場所で生み出された「基礎科学」関連の結果をあくまで盗 用するというかつてのキャッチアップ時代の考え方もあるとは思いま すが、それでは他の外国の非難の対象になるでしょう。現実に基礎科学 の成果である、数学の定理を特許にするという動きが米国で始まって いることを考える時、それは決して賢い手ではないことも理解してい ただきたいというのが正直な気持ちです。

姫路工業大学

理学部数理科学1

遊佐 毅

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