NMRの原理

   常私たちが観測する物性の大半の原因となっている電子(*)が、ミクロな磁石の性質(スピン)を持っていることはよく知られています。実は、原子の中心にある原子核にも同様にスピンを持っているものが多くあります(†)。原子核のミクロな磁石の大きさ(磁気モーメント)は、一般に電子のものに比べて約1/1000ですが、両者の間には相互作用がはたらきます。
   単のために、原子核のスピン量子数が電子と同じ 1/2 のときを考えましょう。物質に磁場をかけると、磁気モーメントと磁場の間にはたらくゼーマン相互作用によって、核スピンは図のように 1/2h と -1/2h とで異なるエネルギー状態になります。その差に等しいエネルギーを持つ電磁波を照射すると、二つの準位間に遷移を起こす(共鳴を起こす)ことができます。

   (*) 原子核のスピンも磁性を示しますが、核磁気モーメントの大きさは電子の磁気モーメントの1/1000程度の大きさですので、核磁性が現れるのは一般にミリケルビンのオーダーにおいてです。
   (†) 7割以上の元素が核スピンを有しています。





   スピン状態のエネルギー分裂幅は、基本的には外からかける磁場の大きさによります。しかし、実際に観測される共鳴は磁場だけで決まる条件とは異なります。それは、物質中では周囲にある電子が原子核の位置にミクロな磁場をつくり(‡)、原子核が感じる磁場が外部磁場の値とは微妙に異なるからです。また、エネルギー準位間の遷移にも電子は重要な役割を果たします。つまり、上の準位(図中では 1/2h の状態)に励起された核スピンが基底の状態(-1/2h)に落ち込む(緩和する)ときに準位差に等しいエネルギー(ΔE=hν)が放出されますが、金属や磁性体では主に電子がそのエネルギーの受け手になります。受け手になり得る電子の数が多いとき(**)緩和は早く起こり、受け手が少ない時には緩和にかかる時間が長くなります。この様に、NMRの共鳴条件や緩和にかかる時間などを調べることにより、電子の状態に関する情報を得ることができるのです。

   (‡) このようなミクロな磁場を超微細磁場と呼びます。
   (**) たとえば、金属において伝導電子がエネルギーの受け手である場合は、フェルミエネルギー近傍にある電子の
    状態密度が高い、ということを意味します。





 NMR測定の利点・NMR測定から分かること
   子核の磁気モーメントが非常に小さいことから、NMRでは電子の低エネルギースピン運動に関する情報が得られます。高エネルギー域におけるスピン相関の波数依存性は中性子回折実験などから知ることができますが、低エネルギー域をプローブする測定手法はNMRの他に殆どなく、他では得られない貴重な情報を得ることができます。
また、電子は基本的にひと種類であるのに対して、原子核は元素によって異なるので、NMRでは異なる元素を区別して観測することができます(††)。物質中では電子の状態は一様ではないと考えられるので、NMRは結晶中のある特定元素の周辺にある電子の情報を抽出することができます。
   達の研究室では主に磁性の研究にNMRを用いており、スピン間の低エネルギー相関や局在性/遍歴性に関する情報、スピンが整列する磁気秩序状態ではその秩序構造や秩序モーメントの大きさに関する情報、超伝導状態ではCooper対の対称性に関する情報、などが得られます。
   の他NMRは、化学や生物の分野では、分子量の大きな物質(タンパク質など)の構造を調べたり、医学の分野ではMRI(Magnetic Resonance Imaging)として生体内の情報を画像化する技術に応用されたりしていることは、よく知られているところです。

   (††) 同じ元素であっても違う環境下にあるものは、原理的には区別して観測されます。



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