§1 出芽酵母におけるtRNAの成熟化と細胞内ダイナミクス

 真核生物のtRNAは、核で転写された後、様々な修飾を受けて成熟化し、最終的には細胞質で翻訳因子として機能します。今までtRNAは核内で完全に成熟化してから細胞質へと運ばれ、そこで一生留まって機能すると考えられていました。しかし、私達は、成熟体tRNAが細胞質と核とを行き来しながらその一生を過ごすことを見出しました。面白いことに、この時、tRNAを細胞質から核へと運ぶ過程では、タンパク質の高次構造の形成に関わる分子シャペロンの仲間のSsa2というタンパク質が、tRNAと核膜孔タンパク質と同時に結合して核へと導くことを最近明らかにしました。さらに最近では、個々のtRNA種の量のダイナミズムにがどのように保たれているかについてtRNAの合成(転写)と分解両面から、新規のtRNA定量法の開発や、tRNAの発現制御法の開発を含めて、研究を進めています。分子機械学講座ではこのように、tRNAを例にとって、RNAの一生の間での細胞内ダイナミクスを可能にし、制御する分子機構を出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeを用いて研究しています。


§2 tRNA遺伝子中のイントロンは真核生物にとって必要か?

 前駆体tRNA中のイントロンは、除かれることがtRNAの機能化に必須ですが、逆に言えば、そもそもtRNA遺伝子にイントロンは無くても良いのではないでしょうか?私達は、染色体上の遺伝子組換えが容易な出芽酵母の特性を生かし、tRNAの種類毎に、イントロンを持つ遺伝子全てをイントロン欠失型に置き換えるプロジェクトを通じて、酵母はtRNAのイントロンが無くても生きられることを明らかにしました。一方で、イントロンが無いことで、酵母の生育に影響がでたり、リボソームの形成に異常を生じるtRNA種があることも判りました。そこで、こうした種類のtRNAでは、イントロンの有無がtRNAの成熟化や翻訳にどう影響するのかを詳しく調べています。

 

§3 mRNAの翻訳制御と品質管理

 mRNAが翻訳されてタンパク質が合成される際、この翻訳が積極的に一時停止し、その停止に伴った様々な働きの後、再び翻訳が再開される場合があります。こうした生理的に意味のある翻訳の一時停止(我々は「機動的翻訳停止」と呼んでいます)については、いくつかの例が調べられて来ましたが、停止状態から脱出する機構については必ずしも明らかではありません。他方、真核生物には、不用意に翻訳が止まってしまったmRNAからリボソームを回収し、そうしたmRNAを分解することで、効率の良いリボソーム運用を保つための品質管理機構があります。先の機動的翻訳停止とこうした品質管理機構とは、一見すると相容れません。これらは、どのように細胞内で折り合いを付けているのでしょうか。こうした点についても、出芽酵母を用いて研究を進めています。

 

 生物の基本単位である細胞は、構成成分の「動き」を通じて様々な機能を果たします。見た目には動かない細胞でも、その中では核、小胞体など様々な細胞小器官と、それらの間を埋めるサイトゾルの間で活発に生体高分子がやりとりされています。さらに一部の細胞は、自ら積極的に変形し、動き回ります。分子機械学講座では、主として出芽酵母やアメーバ等の単細胞生物を用い、RNAやタンパク質の細胞内での動態、そして、細胞自身の動きの分子メカニズムに迫る研究を進めています。

§4 原生生物の運動機構

 原生動物は1細胞が1個体であり、1個の細胞が生きるための全活動を行なっています。どのような仕組みで1個の細胞が生きているのかを知ることが研究の究極の目的ですが、まず注目しているのは運動です。原生動物はさまざまな形態を持ち、さまざまな運動様式を持っています。特に、自由な細胞の変形を使って移動するAmoeba、捕食に伴って極端な細胞の伸縮を行うLacrymaria、捕食対象から細胞質を吸引するHypophrya、非常に素早い収縮を行う大型の原生生物Spirostomum等、個々に特徴的な細胞の運動を行います。これら、原生生物の興味深い運動の仕組みを調べています。

§5 植物細胞における小胞体ネットワークの形成機構

 小胞体は、分泌に関わる重要なオルガネラです。小胞体は、細胞表層でチューブ状の構造が融合しネットワークを形成していますが、その構造は静的なものでは無く、ダイナミックに保たれています。チューブ構造の形成には、アクチン-ミオシンと小胞体膜タンパク質の関与が示唆されています。今後膜タンパク質に重点をおき、チューブ構造形成機構を解明していきます。さらに、植物の細胞分裂に関する研究も行っています。