金属(鉄などの遷移金属)を活性中心にもつ金属酵素は、様々な生理反応に関与しているため、生命現象を理解するうえで重要な研究対象となります。また、金属酵素は、温和な条件で高選択的に行われるため、その高活性の仕組みを理解することは、新しい触媒を設計するうえでも有用になります。金属酵素が反応する仕組みを理解するためには、酵素反応途中に過渡的に形成される短寿命反応中間体の構造を決めることが重要になります。しかし、このような短寿命反応中間体を捕捉し、構造を決定することは、簡単なことではありません。そこで、当研究室では、X線自由電子レーザー施設SACLAを利用した時間分解構造解析や独自に開発した時間分解分光計測装置(兵庫県立大学久保先生との共同研究)を駆使して、金属酵素の反応機構解明に挑んでいます。
我々が研究対象としてきたのは、微生物が細胞毒である一酸化窒素(NO)を分解するために用いているNO還元酵素とよばれる金属酵素です。NO還元酵素には、カビが持つ可溶性のNO還元酵素(P450nor)と緑膿菌などの細菌が持つ膜結合型のNO還元酵素(NOR)が存在します(下図)。これらの酵素は、構造は全く異なりますが、いずれの酵素も活性部位に鉄を持ちます。我々は、SACLAでの時間分解構造解析と時間分解赤外分光解析を組み合わせて、P450norの反応機構の全貌を明らかにしました(研究紹介のトップページで表示している動画です)。NORについても反応機構を完全に理解するために、更なる研究を続けています。
今後は、NO還元酵素だけでなく、他の金属酵素の反応機構解析や、そのために必要となる測定技術の開発にも取り組んでいきたいと考えています。また、これまでに得てきた構造・機能情報を活かして、社会貢献を目指した研究にも着手しています。緑膿菌や髄膜炎菌などの病原菌は、上にあげたNORを利用して、免疫系が産生する抗菌ガスNOを分解し、我々の体内で生き延びようとします。つまり、NORは、新規抗菌薬の標的となります。そこで、我々がNORの構造解析に成功しているという利点を活かして、阻害剤の候補化合物との複合体の構造解析を行い、抗菌薬開発の設計指針を得ることに挑戦しています。