ヒドロゲナーゼ
DsrDタンパク質
高分子量チトクロムc
FMN結合タンパク質
ルブレドキシン
チトクロムc3
チトクロムc-553



ジオールデヒドラターゼ
エタノールアミンアンモニアリアーゼ
光合成細菌由来チトクロムc'
走化性制御因子タンパク質









    
   硫酸還元菌(Sulfate-reducing bacteria)は,硫酸塩を最終電子受容体として生命活動を営む偏性嫌気性細菌である.つまり,我々が酸素を吸い「酸素呼吸」をしているのに対して,この細菌は硫酸塩を取り込み「硫酸塩呼吸」をする生物とも呼ばれる.太古の昔,酸素が少なくまだ地球が還元状態であった頃に繁栄していたが現在では酸素を避けるようにして地中で細々と生き延びていると言われてきた.それゆえ地球の生物の進化についての情報を体内に記録しているとも考えられることからその代謝機構やタンパク質分子の構造生物学的研究に興味が持たれていた.しかし,本当に酸素が地球上を覆う以前に繁栄していたかを疑問視する研究者もいる.
   当研究室ではDesulfovibrio vulgaris Miyazaki Fという硫酸還元菌のエネルギー代謝に焦点を絞ってその構造生物学的研究を続けてきている(一部,D. v. Hildenboroughという株も扱っている.Hildenboroughはイギリスの地名).この菌株の名前は,20世紀の初頭宮崎県のある水田で起こった稲の大被害を,当時東京大学農学部にいた岩崎博士が調査して原因が本細菌の大量発生であることを突き止めたことに由来する.「Desulfovibrio」は菌体の属の名称,「vulgaris」は種名,そして「Miyazaki」や「
Hildenborough」は菌株の名称で,通常発見・単離された地名が付けられている.「Miyazaki F」の「F」は「formate dehydrogenase」を維持している菌体であることを意味しており,残念ながらオリジナルの菌体は現在保存されていない.世界中で多くの硫酸還元菌が単離され,菌体のデータバンクに保管されている.2002年において,D. v. Hildenboroughのみのゲノム解読が2004年にD. v. Hildenboroughについてはゲノム解読がアメリカで完了した.
   偏性嫌気性であることや,菌体の単離・純品化が難しいことから国内に研究者が少ない.しかし,もともとこの硫酸還元菌はオランダと日本の微生物学者により独立に研究が進められてきており,日本での研究の歴史は長い.マーカータンパク質とも呼ばれる4ヘム・チトクロムc3や[NiFe]ヒドロゲナーゼなどはこの硫酸還元菌のものが世界中で最も注目されており,しかもあらゆる分野で研究されている.本菌体は地球上のイオウの循環サイクルという視点で環境科学全般の分野から,また地中に埋めた金属のパイプの腐食などにも関係していることから土木・建築工学における基礎科学の分野から大いに興味が持たれている.



ヒドロゲナーゼ

   水に電気を通じると水素と酸素に分解します.逆に,水素と酸素を化学反応させると水を生成し,同時に発電します.これが燃料電池の仕組みです.水素と酸素を供給し続ければ連続発電するので発電装置として利用できます.つまり,水素はエネルギーになるわけです.水素を燃料として利用しても水が生成されるだけなので,これは究極のクリーンエネルギーです.20世紀は石油燃料の大量利用による環境破壊が大きな問題となっています.水素は間違いなく未来のエネルギーであり,水素の利用は地球全体のエネルギー・環境問題解決に役立ちます.


by Ayano Higuchi

   微生物が水素を合成したり分解したりする能力を持つことは古くから知られていました.これにはヒドロゲナーゼというタンパク質(酵素)が重要な役割を果たしています.この酵素が水素の化学反応を簡単に引き起こすのです.この酵素の機能(反応メカニズム)を知り,それを応用するには立体構造を知らなければなりません.これまで私たちは,SPring-8の放射光X線を利用してヒドロゲナーゼの立体構造を解析し,たくさんのことを解明してきました.


[NiFe]ヒドロゲナーゼ
   [NiFe]ヒドロゲナーゼは菌体細胞膜内外のプロトン濃度勾配を調節している酵素で,多くの細菌においてエネルギー代謝系を円滑に進める上で重要な役割を担っている.硫酸還元菌のヒドロゲナーゼは,活性部位のタイプにより[NiFe]ヒドロゲナーゼ,[Fe]ヒドロゲナーゼ,[NiFeSe]ヒドロゲナーゼの3種類に分類されている. Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F株の [NiFe]ヒドロゲナーゼは,[NiFe]だけでなくFe4S4,Fe3S4,Mgなどの金属クラスターを持っている.本酵素は分子量約29,000のαサブユニットと63,000のβサブユニットをもつヘテロダイマー構造をとっている. ヒドロゲナーゼは次のような反応を触媒している.ここで菌体内の生理的電子伝達体はチトクロムc3である.
H2 + 酸化型電子伝達体 ⇔ 2H+ + 還元型電子伝達体 + 2e-


酸化型[NiFe]ヒドロゲナーゼの構造解析

   現在までに,D. v. Miyazaki Fの酸化型[NiFe]ヒドロゲナーゼが分解能1.8Åで(図-1),Desulfovibrio gigasの酸化型[NiFe]ヒドロゲナーゼが分解能2.5Åで構造解析されている.これら2種の酵素の1次構造の相同性は高く,3次構造も非常に良く似ていた.しかし,活性部位の構成が両者間で異なっていた.D. v. Miyazaki Fの[NiFe]ヒドロゲナーゼの活性部位のNi原子には4つのシステイン残基のイオウ原子が配位し,それらのうち,2つはFe原子にも配位してブリッジを形成していた.またFe原子には非アミノ酸由来の4つの配位子があり,そのうち3本はSO(またはCN), CO, CN分子と同定されている.
図-1
また残りの一つの配位子は単独のイオウ原子(SまたはSH)がFeとNiをブリッジしていることがわかった(図-2)これらはD.gigasの[NiFe]ヒドロゲナーゼの配位子(CO, CN, CN, OまたはOH)とは異なっていた.これらの非アミノ酸配位子のうち2原子分子配位子は[NiFe]ヒドロゲナーゼの種間あるいは同じ種内においても異なる(ヘテロ)ことが予想される.

図-2 図-3


還元型[NiFe]ヒドロゲナーゼの構造解析

   D. v. Miyazaki F の水素還元型ヒドロゲナーゼのX線結晶構造解析を行った結果(分解能1.4 Å),酸化型と還元型の全体構造にはほとんど変化がなく, 異なっている点はNiとFeをブリッジしているイオウ配位子の電子密度だけであった.水素還元されることによってこの配位子が活性部位から遊離消失していることが明らかになった(図-3).
   これまで当研究室では電子伝達体とともに水素還元した[NiFe]ヒドロゲナーゼが必ず硫化水素を発生することを酵素化学的に見出していた.
この遊離発生されてくる硫化水素は[NiFe]ヒドロゲナーゼ1分子当たり,およそ0.4-0.7分子であると定量された.この反応で,電子伝達体が無ければ硫化水素の発生は非常に遅く,また水素還元されなければ硫化水素は発生されない.つまり,[NiFe]ヒドロゲナーゼは酸化型から活性型に移行するときに自らイオウ源を供出し,これを硫化水素として遊離していることになる.これらの実験事実と本水素還元型構造解析の結果より,酵素化学的手法により検出された硫化水素はNi-Fe活性中心のブリッジ配位子が遊離したものであることを強く裏付けるものであった.これは,ブリッジ配位子の原子種がもともと酸素原子ではなく,イオウ原子であることを意味するものである.
   以上の結果から,ヒドロゲナーゼの水素活性化機構においては2つのサイクル,すなわち,活性化サイクルと触媒サイクルが存在し,このイオウブリッジ配位子は活性中心を他の配位子(例えば,酸素,塩素など)から守るための役割を持っているという仮説を提唱した.活性化サイクルにおいて,酵素が水素によって還元されると,まず,水素が活性部位のNiに結合し,5配位状態であったNi(V)が6配位状態Ni(U)になり水素イオンと電子を放出する.放出された電子は鉄イオウクラスターFe3S4を還元するのに消費される.残りの水素イオンはイオウ原子に結合し,SH-となりブリッジが外れて,硫化水素として解放される.また,一度イオウブリッジがなくなると,NiとFeの間で水素の分解合成の触媒サイクルが確立する.この状態は,再びイオウがNiとFeの間に「蓋」をするまで続く.つまり,イオウブリッジは細胞質の溶媒中の他の塩化物や水酸化物から活性部位を保護するように蓋をしていて,触媒サイクルが始まるときには移動するようになっていると考えている.

一酸化炭素結合型[NiFe]ヒドロゲナーゼの構造解析

   これまでヒドロゲナーゼの水素活性化の初期状態において,水素との反応部位がFeであるのかNiであるのか明らかではなかった.水素の初期反応部位を決定するため,水素の競争阻害剤である一酸化炭素を結合させた「一酸化炭素結合型ヒドロゲナーゼ」の共鳴ラマン分光およびX線結晶構造解析を行った.また,一酸化炭素を光照射により解離させた光解離型ヒドロゲナーゼのX線結晶構造解析も行った.外部から加えられた一酸化炭素は,FeではなくNiに配位し,その結合様式は直線的ではなく,曲がっている(135〜160°)ことが明らかとなった(図-4 本CO結合型ヒドロゲナーゼの解析結果ではFeに配位している2原子分子は全てCOであると仮定している).
図-4
   また,一酸化炭素は100Kでは水素により簡単には置換されないが,強い白色光を当て同時に水素還元することによって容易に解離することが明らかとなった.本構造解析の結果,阻害剤(一酸化炭素)とCys546のイオウ原子の間にわずかな電子密度が残っており,これは一酸化炭素による阻害プロセスの途中で水素がトラップされているものと考察できた.また,一酸化炭素結合型と光解離型のFo−Foマップを計算した結果, Ni原子とCys546のイオウ原子の電子密度のみが移動することが明らかとなった.このイオウ原子は[NiFeSe]ヒドロゲナーゼでは,Seに置き換わっている原子であった.これらの結果より,Ni原子とCys546のイオウ原子が,水素の初期結合反応に重要な役割を担っていると結論した.
   現在は酸化型ヒドロゲナーゼに見出されている二つの型(Ni-A型とNi-B型)の違いを構造化学的に完全に明らかにするべく研究を続けている.

   本研究は静岡大学の八木達彦,京都薬科大学の廣田俊,ドイツ・マックスプランク研究所のLubitz等との共同研究プロジェクトである.

HypFタンパク質
   タンパク質は独自の立体構造を形作ることにより初めてその機能を発揮する.ヒドロゲナーゼというタンパク質は微生物に存在する酵素で生理的機能は水素代謝に関与である.近年,ヒドロゲナーゼの成熟化に関係する遺伝子群が新たに発見された.それらはhypA, hypB, hypC, hypD, hypE, hypFと呼ばれている.hypF より翻訳されるHypFは分子量約82,000の多機能タンパク質で,3つのドメインを持っている.それらは,それぞれアシルホスファターゼドメイン,O-カルバモイルドメイン,そしてDnaJシャペロンと同様な2つのzinc fingerモチーフをもつドメインである.
   ヒドロゲナーゼの活性部位は非常に複雑な形をしており,Ni原子やFe原子で構成されている.また,一般的には生物に対して毒性を示すCO分子やCN分子がFe原子に結合している.これらの小分子がヒドロゲナーゼに取り込まれるための反応は,HypFによりカルバモイルホスフェイトがCOやCNに転換され,最終的にヒドロゲナーゼの活性部位にあるFe原子に配位されるという過程を踏むと考えられている.このようにヒドロゲナーゼの成熟化は複雑な機構を持っていると予想されているが, 現在まで原子レベルでの解析に基づく反応機構は解明されていない.私たちは,このHypFの立体構造を明らかにすることにより,ヒドロゲナーゼの成熟化の分子機構を解明することを目指している.

  本研究は独立行政法人・農業生物資源研究所の富山雅光との共同研究プロジェクトである.






DsrDタンパク質


   DsrDは亜硫酸還元酵素(DsrA2DsrB2)をコードする遺伝子群(dsrオペロン)中のdsrDから発現されるタンパク質である(図-1).亜硫酸還元反応と深い関わりがあると考えられているが,その機能はまだよく分かっていない.また,アミノ酸配列からは類似タンパク質は見つかっていなかった.我々はDesulfovibrio vulgaris Hildenborough由来・DsrDの立体構造からその生理的機能を類推すべく,超高分解能X線結晶構造解析を目指した.
図-1

図-2 図-3

   本DsrDは78アミノ酸残基からなる分子量8700の比較的小さなタンパク質である.2000年に硫酸アンモニウムを沈殿剤として結晶化に成功し,2003年に1.2Å分解能でX線結晶構造解に成功した.この分子の生理的機能は「亜硫酸イオンのトランスポータ」ではないかと当初考えられていた.しかし,今回の構造解析からDsrDがwinged-helixモチーフを持つことが明らかになった(図-2 DsrDの結晶中の2量体構造,2量体あたり5個の硫酸イオンを結合している).
従ってDsrDはDNA結合タンパク質である可能性が示唆される.DsrDのwinged-helixモチーフの立体構造を同様のモチーフを持つ他のDNA結合タンパク質と詳細に比較検討を行ったところ,dsRNA adenosine deaminase (ADAR1)のZαドメインと最も類似していることがわかった(図-3 (A)DsrD,(B)ADAR1のZαドメイン,(C)SmtB,(D)Histone H5).ZαドメインはZ-DNA結合タンパク質であると報告されている.これらの構造化学的な知見を元にDsrDと相互作用をするB-DNAやZ-DNAの探索を行っているが,現時点では見つかっていない.

   また,本構造化学的な研究の結果,DsrDを含めてwinged-helixモチーフを持つDNA結合タンパク質はアミノ酸配列にはっきりした類似点は無いが,そのモチーフ構造を維持するために疎水性残基(特にロイシン)が重要な役割を担っていることが明らかとなった(図-4  DsrDと類似構造を持つ分子のアミノ酸配列の比較).


図-4


   最近,亜硫酸還元酵素のひとつのサブユニット(DsrB)とDsrDを融合して発現する菌株が見つかった.これはDsrDが亜硫酸還元反応あるいは酵素の転写・翻訳に関与することを示唆している.今後,RNAも含めてDsrDと相互作用する核酸の探索を続け,その機能を明らかにするための実験を行う必要がある(図-5 いろいろなDNA結合タンパク質 とB-およびZ-DNA).

   本研究はカルガリー大学のVoordouw等及び九州工業大学の皿井研究室との共同研究プロジェクトである.

図-5




高分子量チトクロムc

   高分子量チトクロムc(HMC = high-molecular weight cytochrome c)はおよそ550個のアミノ酸残基からなるヘムタンパク質である.静岡大学の八木達彦が硫酸還元菌に特異的な高分子量のc-型ヘム・チトクロムとして発見し,その後,当研究室の樋口等が分子量(約65,000),吸収スペクトル,等電点(pI=9.1),ヘムの個数(16個)などを報告した(Higuchi et al., 1987).還元型分子の特異的な吸収のピーク位置は,a=532, b= 532, g=410 nmである.1本のポリペプチド鎖に16個のヘムを有するという報告は当初懐疑的に見られていた.しかしVoordouw等によりDesulfovibrio vulgaris Hildenborough株のHMCのオペロンが解読され,16個の「-CXXCH-」という一次構造モチーフを持つことが確認された.分子内におけるこのモチーフの数と配列様式からHMCの立体構造は4個のチトクロムc3の構造ドメインから構成されていると考えられた.
   我々の研究室ではD. v. HildenboroughおよびMiyazaki株のHMCについて構造化学的研究を続けてきている. 両タンパク質の立体構造は既に解析されてお り,まもなく論文発表される予定である.
HildenboroughのHMCの分子全体の構造を図-1に示す.予想されたとおり,本分子の構造はチトクロムc3の4-ヘム構造ドメインを基本として構成されていた.ドメイン-I(ヘム-1,2,3)は黄色,ドメイン-II(ヘム-4,5,6, 7)は赤色,そしてドメイン-III(ヘム-8, 9, 10, 12 および 11)と-IV(ヘム-13,14,15, 16)は緑色で示している. ドメイン-IIIと-IVは9Hcc (nine-heme cytochrome c)の2つの構造ドメインと非常に良く似た構造を持つことが明らかとなった.ヘムとドメインの番号はN末から順次命名している.



図-1 図-2

   ドメイン-IVに含まれるヘム-15は5配位型であり,EPRスペクトルより同定された高スピン状態のヘムはこのヘム-15であると考えられる.また,空位の第6配位子付近にはイソロイシンが存在している(図-2).
   最近の我々の研究から,このHMCの結晶はX線回折実験におけるX線の照射により酸化型(図-3a)から還元型(図-3b)に移行していくことが明らかになった.従ってシンクロトロン放射光による高輝度のX線を用いて解析されたこの種のチトクロムの立体構造は酸化型から還元型への遷移状態を見ている可能性が示唆される.


図3-a 図3-b

   HMCオペロンにはいくつかのタンパク質がコードされていることがわかっている.硫酸還元菌は膜の内外で電子のやりとりを行うため,その役割を担うシステムが膜に存在するはずである.HMCはそのような膜内外の電子伝達を行っているのではないかと考えられる.また,16個ものヘムを持つHMCが発見された菌種は硫酸還元菌の中でも限られている.これは嫌気性細菌の進化の面からも大変興味深いことである.

   本研究は大阪大学の阿久津研究室との共同研究プロジェクトである.




FMN結合タンパク質

   FMN結合タンパク質(FMN-binding protein)は,硫酸還元菌Desulfovibrio vulgaris Miyazaki Fのフェレドキシン遺伝子のクローニングを行っている時に北村等により偶然発見されたタンパク質である.分子1個あたり1分子のFMNを補欠分子族として保持している.122アミノ酸残基から成る分子量は13,700のタンパク質で,現在報告されているFMN結合タンパク質の中では最も小さいものである.生理機能は現在不明であるが,他のFMNタンパク質が酸化還元に利用されていることからこのタンパク質も同様の性質を持っているものと考えられている.当研究室ではFMN結合タンパク質のX線結晶構造解析を通して,その機能と構造についての知見を得ることを目的として研究している.

図-1 図-2

   FMN結合タンパク質は溶液中では単量体であることが報告されているが,X線結晶構造解析の結果から,結晶中においては二量体を形成していることが明らかになった(図-1).FMNはそれら2量体の分子間に挟まれており,2量体中の一方の分子(水色)と特異的に水素結合し,また他方の分子(赤色)とも疎水性相互作用をしていた.他方(赤色)の分子のC末端にあるLeu122は,FMNのσ-xylene部位(疎水性部分)が溶媒領域に露出するのを防ぐような構造をとっていた.これより,Leu122はFMNの解離定数の減少や分子の酸化還元電位に関係しているのではないかと考察される.
   現在,FMNタンパク質のLeu122を変異させたタンパク質の(L122Y,L122K,L122E)X線結晶構造解析を行い,L122の役割などについて詳細に検討中である.

   本研究は大阪市立大学の北村昌也等との共同研究プロジェクトである.




ルブレドキシン

   ルブレドキシンは,多くの細菌に見出されているタンパク質のひとつである.チトクロムc-553と同様に小さなタンパク質で,アミノ酸残基数はおよそ50-60,分子量6000程度の大きさである.これはヘムタンパク質ではなく分子中に原子状のFeを電子伝達の活性中心として含む.硫酸還元菌のルブレドキシンは,ルブレドキシン-酸素・酸化還元酵素(ROO)の生理的電子伝達体であると考えられている.
図-1

   本研究室では硫酸還元菌・Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F由来のルブレドキシンのX線結晶構造解析を行った.この分子は1分子中に1個のFe原子を2つのシステイン残基側鎖のイオウ原子で保持している.
当研究室では1998年に本タンパク質の3次元立体構造を解明した(図-1).結晶は異なる条件から2つの晶系について得られた.本立体構造とアミノ酸配列の良く似たHildenborough株のものとを比較することにより,ルブレドキンの表面構造がどのように結晶化に関与しているかなどについて詳しく議論することができた.

   本研究は静岡大学(当時)の八木研究室との共同研究プロジェクトである.




チトクロムc3

   チトクロムc3は,亜硫酸還元酵素(Desulfoviridin)と並び硫酸還元菌のマーカータンパク質とみなされてきた分子である.細菌中では水素酸化還元酵素・[NiFe]ヒドロゲナーゼの特異的電子伝達体という生理的な役割を担っている.チトクロムc3は分子量14000程度の塩基性タンパク質で,1分子中に4つのc型ヘムを含む.4個のヘムの平均の酸化還元電位は比較的低い値(約-300mV)であり,また固相膜にしてヒドロゲナーゼを共存させると高水素圧下において非常に高い電導性を示すことから様々な物理化学的性質が調べられてきている.
図-1

   我々はこれまでにDesulfovibrio vulgaris Miyazaki(図-1)およびHildenborough由来の酸化型チトクロムc3の立体構造を解析してきた.これまでに数種類のチトクロムc3 の結晶構造が報告されており,それらの一部はアミノ酸配列の相同性が非常に低いにも関わらず4個のヘムの相対配置やそれを取り巻く主鎖の折れたたみ構造は良く似ていることが知られている.
   立体構造に基づき様々な電気化学的および分光学的な研究が行われ,チトクロムc3における特異な物理化学的性質はこのヘムの相対配置とそれらの近くに存在する限られた数のアミノ酸側鎖や水分子の構造に由来すると考えられている.最近,大阪大学の小澤・阿久津等がShewanella oneidensis を宿主に用いた系でチトクロムc3の大量発現系の構築に成功した.これを利用して分子の電子伝達に重要と予想される残基に変異を与えてそれらの酸化還元電位の変化を立体構造から理解すべく結晶構造解析を行っている.

   本研究は大阪大学の阿久津研究室の共同研究プロジェクトである.




チトクロムc-553

   チトクロムc-553は,多くの細菌に見出されているヘムタンパク質のひとつである.アミノ酸残基数はおよそ70-80,分子量8000程度の比較的小さなタンパク質で分子中に1個のc-型ヘムを保持している.ヘム鉄のタンパク質配位子はヒスチジンのNε2およびメチオニンのSδ原子である.本研究室で構造解析したチトクロムc-553は硫酸還元菌・Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F由来のもので高分子量チトクロムcやチトクロムc3との間で電子伝達を担うと予想されているが生理的な役割については未だ不明な点が多い.
図-1

   当研究室では1980年に本タンパク質の結晶化に成功した.本試料は等電点が非常に高い(pI=10.5)タンパク質であることから,タンパク質溶液のpHをアンモニアの蒸気拡散により等電点近くまで上昇させて結晶化を行った.得られた結晶から重原子同形置換体を得ることが困難であったが,1991年に高エネルギー物理学研究所・放射光施設(現・高エネルギー加速器研究機構・物質科学研究所)の放射光X線を用いて,Fe原子の多波長異常分散法によりその3次元立体構造を解明した(図-1).本構造解析の結果,分子量の小さな1ヘムチトクロムcの分子進化についての知見を発表した.

   本研究は静岡大学(当時)の八木研究室および大阪大学(現在)の中川研究室との共同研究プロジェクトである.






ジオールデヒドラターゼ

   ビタミンB12は生体内に取り込まれると補酵素型であるアデノシルコバラミンまたはメチルコバラミンに変換される.前者は異性化,脱離,転移,還元などの反応に関与し,後者はC1代謝に関与しメチオニンシンターゼの補酵素として機能する.コバラミンにはコバルトイオンが存在し,その上方配位子にはアデノシル基(アデノシルコバラミン)またはメチル基(メチルコバラミン)が配位することによってコバルト−炭素結合(Co-C結合)を形成する.Co-C結合の可逆的解裂によって上方配位子が活性種となり基質と反応するがコバルトイオンは反応に直接的には関与しない.
図-1
   我々のグループはビタミンB12が補酵素として作用するメカニズムを明らかにするためにアデノシルコバラミンを補酵素とするジオールデヒドラターゼのX線結晶構造解析を行た(図-1).基質結合型と非結合型の立体構造の構造変化とアデノシルコバラミンのアナログであるアデニニルペンチルコバラミンとの複合体の立体構造からCo-C結合の解裂のメカニズムが明らかになった.
   まず基質存在下でのアデニニルペンチルコバラミンとの複合体の構造解析の結果,上方配位子においてアデノシルコバラミンと共通の化学構造を持つアデニン環結合部位の構造が明確となった(図-2).アデノシル基の立体構造をアデニン環部位において重ね合わせるとCo-C間の最短距離が3.11Åとなり,アデノシルコバラミン単独での結晶構造(図-3)に比べ約1.1Å 長くなっていた(単独では1.98Å).この差はアデノシルコバラミンにおいてCo-C間の距離が約1.1Å長くなることを意味している.その結果,基質結合状態ではCo-C結合が解裂しているものと考えられる.また,基質非結合型の構造ではCo-C結合の距離が約2.98Åであった.つまり基質非結合型の方がアデノシルコバラミン単独での結合距離により近いことが分かった.


図-2


図-3

   以上の結果からアデノシルコバラミンが酵素に結合するとCo-C結合が約1.0Å引き伸ばされ,解裂されやすくなると考えることができる.ホロ酵素に基質が結合するとさらに約0.1Å引き伸ばされることでCo-C結合が解裂するものと考えられる.また酵素全体の構造に注目すると,基質結合型と非結合型の立体構造の構造変化から基質結合によるCo-C結合の解裂には酵素の構造変化が伴うことが明らかとなった.
   本研究は岡山大学の虎谷研究室との共同研究プロジェクトである.


関連する文献
Shibata, N., Masuda, J., Morimoto, Y., Yasuoka, N., and Toraya, T. (2002) Substrate-induced Conformational Change of a Coenzyme B12-Dependent Enzyme: Crystal Structure of the Substrate-Free Form of Diol Dehydratase, Biochemistry, 41, 12607-12617.
Masuda, J., Shibata, N., Morimoto, Y., Toraya, T. and Yasuoka, N. (2001). Radical production simulated by photo-irradiation of the diol dehydratase-adeninylpentylcobalamin complex. J. Synchrotron Rad, 8, 1182-1185.
Masuda, J., Shibata, N., Morimoto, Y., Toraya, T. and Yasuoka, N. (2000). How a Protein Generates a Catalytic Radical from Coenzyme B12: X-ray Structure of Diol Dehydratase-Adeninylpentylcobalamin complex. Structure, 8, 775-788.
Shibata, N., Masuda, J., Tobimatsu, T., Toraya, T., Suto, K., Morimoto, Y. and Yasuoka, N. (1999). The New Mode of B12 Binding and Direct Participation of Potassium Ion in Enzyme Catalysis: X-ray Structure of Diol Dehydratase. Structure, 7, 997-1008.
Masuda, J., Yamaguchi, T., Tobimatsu, T., Toraya, T., Suto, K., Shibata, N., Morimoto, Y., Higuchi, Y. and Yasuoka, N. (1999). Crystallization and Preliminary X-ray Study of Two Crystal Forms of Klebsiella oxytoca Diol Dehydratase-Cyanocobalamin Complex. Acta Cryst., D55, 907-909.
安岡則武, 柴田直樹 (2001). ラジカル反応の初期過程の構造生物化学:B12補酵素関与ジオールデヒドラターゼの放射光による研究, 生物物理, 236, 201-204
柴田直樹, 安岡則武 (2000). 新規のビタミンB12結合様式を持つジオールデヒドラターゼの立体構造と補酵素活性化機構, 日本結晶学会誌, 42, 354-360




エタノールアミンアンモニアリアーゼ

工事中




光合成細菌由来チトクロム c'

   チトクロム c'(Cytochrome c')は光合成細菌,脱窒素細菌などに存在し,ヘム c をサブユニットあたり1つ含む分子量約 14,000 の蛋白質である.通常チトクロム c' はホモダイマーとして存在するが,Rhodobacter palustris 由来のチトクロム c' (RPCP) はモノマーとして存在する.また,Chromatium vinosum (CVCP) ではヘムに配位子が結合することによりモノマーに解離することが知られている.
  

図-1

   我々の研究グループでは,これまでに溶液中でモノマーとダイマーが混在する Rhodobacter capsulatus のチトクロム c' (RCCP) の配位子存在下及び非存在下でのX線結晶構造解析に成功し,配位子結合によるダイマー解離のメカニズムについて報告した(図-1).本研究の目的はモノマーで存在する RPCP の立体構造をX線構造解析で明らかにし,チトクロム c' の四次構造を決定する要因を解明することである.
   図-2

   チトクロム c' は Four-helical bundle モチーフ(Helix A-D)を持ち,各サブユニットはHelix Aと Helix Bで形成される面(A-B面)で接触することが知られている.これまでに解析されたチトクロム c' では,接触面に疎水性残基が多く存在し,これらの残基による疎水相互作用がダイマー形成に重要であることが報告されている(図-2および図-3).一方,RPCP ではリジンが4つ,そしてアスパラギン酸2つ,グルタミン酸が1つと,電荷を持つ側鎖が多く存在することが明らかとなった.表面電荷の分布を調べたところ,他に比べA-B面に電荷が多く集まっていた.RPCP においても A-B 面に電荷が多く存在することから,この面の電荷の量と分布がチトクロム c' のダイマーとモノマーの存在比に大きく影響しているものと考えられる.

   図-3

   チトクロム c' のダイマー構造は接触面に存在する残基の組成によって特徴づけられる(図-2および図-3).Type 1は疎水性残基が多く存在し,球状に近くなるようにX型のダイマー構造をとる.Type 2は電荷を持つ残基が多く存在し,Type 1に比べモノマー構造をとりやすい.また,2つのサブユニットはアンチパラレル構造に近くなる傾向にあることがわかった.

   本研究は米国・アリゾナ大学のCusnovich研究室との共同研究プロジェクトである.





走化性制御因子タンパク質


図-1

   走化性制御因子は枯草菌の酸素に対する走化性制御系において酸素センサーとして機能するタンパク質である.酸素のセンサードメインとそのシグナルを変換・伝達するトランスデューサードメインの二つの領域を持っている(図-1).

   酸素のセンサードメインは補欠分子族としてヘムを有し,この部分の一次構造はミオグロビン(図-2)と高い相同性を示すがN末領域には余分の長い配列を持つ.このような気体分子センサータンパク質に関する研究は世界的に見ても始まったばかりであり,それらの分子機構についてはほとんどわかっていない.我々は,立体構造よりその分子機構の解明を行うことを目的に,現在は結晶化を試みている.
図-2

   本研究は岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンターの青野研究室との共同研究プロジェクトである.






 

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